宛先不明

架空のキャラクターの誕生日を祝っていいのかわからない。

作中で誕生日を祝われてそれを喜んで受け入れる描写のあるキャラクターに対しては、わたしもおめでとうと言える。お誕生日おめでとう。わたしの人生を訪ねてきてくれてありがとう。あなたのことがだいすき。もちろん今日じゃない日も。

SNS上のお祝いムードに水をさしたいわけではない。自分でも、あのキャラクターたちなら、誕生日を祝われたらきっと笑ってありがとうと言うだろうと思う。

けれど、架空のキャラクターがわたしに合意することはない。彼らがこの世界に生まれたとされる日を祝福することを、彼らがわたしに許してくれるのか、わかることはない。

生身の人間同士なら、誕生日をお祝いされてもいいひとなのか確認し、合意の上で祝福できる。彼らとわたしの間に合意が生まれることはない。

この凄惨な世界と、そこに生まれてき(てしまっ)たことと、誕生日を祝うという一種の陽気な挨拶に、どこかで乖離を感じている。

あなたに出会えてわたしは本当に本当にうれしかったんだよ。この世界に生まれてきたことをあなた自身がどう思っていたとしても、わたしは、勝手に、傲慢に、うれしかったんだよ。あなたの思うあなたのための幸福があなたのこれからにありますように。この祝福が迷惑なら、どうか路傍に放って、忘れ去ってほしい。

そういうことを考えている。出さないとわかっている手紙を書いている気分だ。

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