Attempts on his life

 

 組織の一件から幾許、彼に誘われるがままに酒場に行った夜がある。あの頃とは違う酒場だ。

「なにから話せばいいんだろう……いざあなたに話すとなると、難しいな」
「夜は長い。休日前夜なんだから尚更。のんびりやればいい」
 俺はバーボンを飲んでいて、彼はやはりよくわからないカクテルを飲んでいた。それはきれいな薄桃色をしていた。カウンターではなく、部屋の片隅の円卓だった。

「今まで僕は様々な言葉で形容されてきた。悪魔だとか、売女だとか、天使や聖女なんてのも、けだものもあったし、AIもあった。……けれど、他でもない僕自身が、自分にどこか人間離れしているところがあるのはわかっていました」
 わかる話だった。彼がこころを傾ける人間はすくないが、それでも彼らを真剣に愛する。しかしそれ以外の人間に対して、彼はとことん薄情になれる男だった。
 戦場で兵士を殺すのが当然であるように、彼は殺さねばならない人々を淡々と殺した。しかしそうでない人々には、彼はどこまでもやさしかった。だが、そんな彼らのことでさえ、より多くの命を救うために、よりすくない命を見捨てるような、そういうことは躊躇なくできてしまうのだろう。彼は日本のための最善手を選び続けているだけで、その本質は非社会的な利己主義者なのではないか、と推察したことがある。非社会的な人間が捜査関係者になるのはめずらしいことではない。
「でも、あなたを前にしたとき、僕は……だから……」
 彼は言葉に迷っていた。それはとてもめずらしいことだった。俺は静かに待っていた。

「あなただけが、僕を人間にする」

 酒杯に添えていた手が震えた。丸氷がグラスにぶつかって音を立てた。彼の方を見遣る。彼は心底困り果てたような顔をしていた。

「大切にしたい人間はいる。彼らのことは大切にすればいい。でもあなたは違う。あなたはどうでもよくない人間なのに、ただ大切にしたいわけじゃない。殺したいのに抱きしめてみたい。死に顔が好きなのに生きていてほしい。あなただけが、僕を葛藤させる。矛盾だ。あなたさえいなければ、僕に矛盾はないのに。あなただけが、僕を矛盾させる。……その矛盾は、僕が人間だってことなんじゃないのか。なあ、赤井秀一」

 こんな告白があるだろうか、と脳の中枢が痺れた。こんなにも雄弁に、あなたがわたしの運命だとでもいうようなことを告げてしまって、彼は……彼は俺をどうしようというのだろう。

「君の感情を表せる言葉を、俺は知っているかもしれない」
「そういう気障ったらしいことはいいんですよ。……あなた、愛してるっていう気だろ」
「そうだ。だが、それの何が悪い。……俺は君を愛しているのに」
 彼は何も言わなかった。黙って酒を飲んでいた。小刻みに動く彼のくちびるを、俺は永遠に見つめていられる。

「愛が相互に交わされたとき、人はどうするんだ? 俺は……俺はおまえの何者にもなりたくない。俺はどうしたらいい? 赤井……」
「君と俺が互いに愛を交わそうと、交わすまいと、君は永遠に降谷零だ。俺にとっては、永遠に。俺は社会の法よりも、君の生き方が大事だよ」
 彼に対する分析に自信があるわけではなかった。けれどもこれが、俺の精一杯の誠意だった。そうして幸いにもそれは、彼に響いてくれたらしい。

「愛してる、赤井秀一」
 彼ははっきりと目を見開いて、刻み込むようにそう言った。だから俺も、彼の目を見た。青とグレイの狭間を揺らぐ彼の瞳に持ちうる限りの真摯を捧げた。
「愛しているよ、降谷零くん」

――He is Ray.

 

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