瀬田薫夢:迷子の女の子が薫と一緒にママを見つける夢小説です
足元を見ていた。靴の裏が地面にぴったりくっついている。キャラクターはもう卒業して、薄いブルーのスニーカー。それを見ていると安心する。自分が消えてなくなったり飛んでいったりしているわけではないと、目でたしかめ続けることができる。
ふと気がつくと、ママがいなかった。駅前には多くの人が行き交っていて、ママらしき人影は見当たらない。返事をしてくれる人も、手をつないでくれる人もいない。どうしようもなくひとりぽっちだった。
――迷子だ。
さみしい、かなしい、ママどこ? ……くやしい。もう幼稚園を卒業して、立派な小学生になるんだと意気込んだのはつい先日のことなのに、もう迷子! 自分が迷子だと気づいた瞬間に、なんとなく俯いていただけだったはずなのに、なぜだかもう顔が上げられなかった。どうしよう。
時間が経つのはとてもゆっくりで、もう一日中そうしている気がした。困り果てて泣きそうになっていると、自分の上に影が落ちた。ママ! とっさに顔を上げると、そこにいたのはママではなかった。
「やあ、久し振りだね。卒園ライブ以来だ」
「かおるちゃん……」
背が高くて、きれいで、いつもやさしく笑っている、すっごくおかしくて楽しい、かおるちゃんがいた。かおるちゃんはついこの間まで通っていた幼稚園に時折やってきて、ハロー、ハッピーワールド! のメンバーと歌ったり踊ったりしてくれるひとだった。
ママではなかったけれど、かおるちゃんに会えたのは、うれしい。すこしだけ安心した。手の力が抜けて、自分がずっとスカートの裾を握っていたことに気がついた。
「おでかけに来たのかい?」
言いながら、かおるちゃんはしゃがみこんだ。それでもかおるちゃんのほうが大きくて、かおるちゃんはすごい。けれど、まわりの大人はみんな大きくて早くて、かおるちゃんが目の前にいてくれるだけでほっとした。世界がすこしだけ落ち着く。
「あのね、きょうね、ママとおでかけでね、だからみずいろのスカートでね、もう小学生になるからヒーローショーは卒業でね、だからきょうがさいごなの。ママがじゃあいままでありがとうっていいにいこっていったからね、きたの」
「そうか。ひとつ大人の階段を上る日なんだね」
「うん。もうランドセルも買ったの」
「それは素敵だね。何色にしたんだい?」
「みずいろ! いっぱいあったけど、みずいろがいちばんかわいかった!」
「うん。小学校は楽しみかい?」
「たのしみ! たのしみだけど……」
たのしみだけど、もう小学生なのに、迷子になっちゃった。思い出した途端、涙が出そうだった。もう小学生なのに! 地団駄を踏みたい気持ちだった。どうしていなくなっちゃったの? なんでなんで?
「大人の階段を上る記念日なんだ。せっかくだから、君のママにもいてほしいね」
「うん。うん……ママ、いなくなっちゃった……」
言葉にすると気持ちがしぼんで、さっきまでのいらだちが急にさみしさになってしまった。どうしよう。さみしくてはずかしくて、縮こまりたくて叫びたい。
「じゃあ、ママを探しに冒険に行こう」
「ぼうけん?」
「ひとりぽっちなら迷子でも、今は私と君でふたりだろう? ふたりならもう冒険さ。さあ、乗って。かわいい子猫ちゃん」
かおるちゃんが背を向けたので、こわごわ身体を預ける。小学生でもおんぶっていいのかな? こどもっぽくない? そう考えていると、いつの間にか世界がとても広かった。おんぶを通り越して、それは肩車だった。
「さあ、何か歌おう。何がいい?」
「えっとね、あれがいい、ハーイファーイブあどべんちゃっ!」
「とても素敵だね。なんてたって冒険なんだから」
「うん!」
かおるちゃんは普段はギターを弾いていて、歌はこころちゃんの担当だけど、かおるちゃんも歌が上手だ。一緒になって歌っていると、遠くのほうから声がした。ママの声! かおるちゃんが振り返って、一緒に世界がくるりと回る。ママと目が合う。ふしぎだ。かおるちゃんと歌っていたら、ママが見つけてくれた!
「ママ!」
かおるちゃんがまたしゃがみこんだので、駆け下りてママの元に向かう。ママだいすき! かおるちゃんもだいすき!
今度はママに抱っこされて、かおるちゃんを見た。ママとかおるちゃんはしばらくお話してから別れて、今度こそヒーローショーに行った。ヒーローはいつもどおり敵をやっつけて、いつもよりもカッコよかった。握手のときに、小学生になることを伝えて、今までありがとうと言った。ヒーローはガッツポーズで応援してくれた。
なぜだかこころちゃんの言葉を思い出した。ヒーローごっこの役を決めるのに喧嘩になりそうなとき、こころちゃんは言った。世界はみんながヒーローなんだから、みんななりたいヒーローになったらいいわ。
立派な小学生になれたら、またかおるちゃんたちに会いに行こうと思った。迷子になっても泣かないで歌をうたおう。立派な小学生は、きっとヒーローみたいにカッコいいのだ。
※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます