バディ解散後、志摩が伊吹を飲みに誘う話です
記憶にはバイアスがかかる。自分の中で出した結論が遡って過程を修飾し改竄にまで至るのは、決してめずらしいことではない。過去は常に変質し、しばしば色褪せ、しばしば輝きを増す。
ふと、伊吹はどうしているだろう、と志摩は思った。ほんの数ヶ月前まで相棒として長い時間を共にした彼と、めっきり会っていない。電話はあった。そのときは、口に出しこそしなかったが、大丈夫だよ、と思った。もしも何かあったら、たぶん俺は、お前がどんなに忙しくてもお前に言うよ。いつかの四月の異動と事故。けれどくだらない話だけして、落ち着いたら飲もうと終わった。
解散したのはたかだか数ヶ月前の話であって、年単位で会っていない知人だっているのだから、さほど長い空白とも言えないだろう。けれど、ふと思った。
ふと、なんて言うとあたかも脈略なく突然のようだが、伊吹と相棒だった日々がどうにもきらめいて見えるような気がして、志摩はどこかおそろしい心地になったのだった。伊吹という人間がまばゆく見えるのはまだいい。それはあの頃からそうだった。ただ、過去のこととして振り返ると、その隣にいたかつての自分までまばゆく見えるのは、少々如何なものかと思った。
そうして飲みに誘ったらふたつ返事で了承され、勤務明けに居酒屋を訪ねた。休日だった伊吹は既に座していて、志摩の姿をみとめると、目を細めて笑った。
――しま!
その声を聴いて、もういいな、と思った。満足だった。しま。その一声で、検証にはじゅうぶんすぎた。こんなふうに名前を呼ばれていたのなら、そりゃあきらめきもするだろう。諦観にも似た納得が志摩の腹まで落ちてきた。過去だから輝いて見えたのではない。彼はいつだって。
「久し振り〜志摩ちゃん背ぇ伸びたんじゃない?」
「お前それ今度きゅうちゃんにも言ってやれよ」
伊吹。なるべくなんでもないように、呼んだ。彼の呼ぶ名のもたらすきらめきがこれからも過去にならないのだとわかって、人生みたいだった。
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