〜前回のあらすじ〜
およそ三年ぶりに実家に帰省することになった
毎日ちょこちょこ書いていって帰路(当たり前だが往路が先で帰路が後だ)でまとめて公開しようかな。
14日(金)
前夜まったく眠れず、2〜3時間の睡眠で起き、東横インの朝食を食べて即搭乗。成田第3ターミナルの遠さを久々に思い出すなどしつつ、滞りなく地元へ。もう成田使うのやめようかな。
大分空港は相変わらずベルトコンベアを巨大な寿司が流れており、博多のめんたいや筑紫もちも平然と売られている。当然進撃の巨人グッズもある(諫山創は大分出身)。そして地元駅は相変わらず手動改札だった。自動改札機が導入される未来よりは、無人駅になる未来のほうが鮮明に思い描ける。
ここに至るバスの道中、見知った景色が目に入ってもまったく心が動かなくてすごかった。感慨もなければ嫌悪もない。
母が駅まで車で迎えに来て乗る。道中2分と経たないうちに、地元の人間のきわめてプライベートな事柄であろう話をされ「かわいそうにね」と言われた。わたしはこういうとき、相槌を打たない。下手な是は魂を濁らせるから。ちなみにわたしは母親によく「聞いてる?」と言われる。聞くことと聞き入れることの違いだ。
実家の本棚に残してきた本を捲りつつ身体を休め、散歩へ。近所の神社の鳥居が新しくなっていて驚いた。日頃はまったく無人で手入れもほとんどされていないようなところだったので、この神社にまだこんなに目をかけるひとがいたのか、という失礼な驚きがあった。高校生の頃は、この山の中にある神社でよくダラダラ過ごしていた。これがアニメなら百歳くらいのロリの狐と出会っていたことだろう。
ぶらぶらと歩いていると、すれ違った中学生から「こんにちは」と挨拶をされ、その瞬間に不思議なほどストンと「あ、帰省したわ」と実感した。そうだ。わたしも挨拶をする中学生だった。特に年配者には挨拶するよう心がけていた。媚びは大事なので。
その中学生の着ていた体操服は、わたしの卒業後に変更された恐ろしくダサいデザインのものだった。うわー、頑張れよ、と思った。何を頑張るのかは知らない。
コンビニ前で一服していると、知らないおばさんから「ハイカラね」と話しかけられた。わたしの刈り上げている頭の話だ。「ハイカラね」なんて、都会から田舎に帰省して知らんおばさんから話しかけられるときの第一声としておそらく上位に食い込むだろう。完璧だった。夏は涼しい、ドライヤーが楽、わたしもしてみたいな、え〜でもそのくらい長さあったらいけますよ、いやあ勇気がね、ははは、それじゃあ。おばさんと別れる頃には完全に「帰省したわ感」を得ていた。土地と人間は両方あってのもので、両方と関わらなければ刺激されない何かがあるのだろう。
そういえば田舎の年配者の車って停止線で止まんねえんだよな、ということも思い出した。彼らは免許を返納できるような土地に住んでいない。
道……道と言っても土が剥き出しの、畑と畑の間をトラクターが縫うように走るようなそんな道が、三年前にはこの橋……橋といっても大層なものではない溝(どぶ)を跨ぐだけのそんな橋の先にあったはず、と思って覗いたら、一面が草だった。季節柄もあるだろうが、ここいらの草を刈るひとは、おそらくもういない/できないのだろう。そういうことだよな、と思った。そういうことだ。
車で轢かれたのであろうザリガニの死体が路傍で潰れていて、蟻に集られていた。こどもの頃、釣りらしい釣りはしなかったが、追い込むと後ろに逃げる習性を利用して、虫取り網でよく捕まえていた。少年時代、一度はみな溝に落ちるものだ。溝に落ちた子は一旦帰り、シュッとシャワーを浴びサッと着替えを済ませバッとまた溝にやってくる。そしてザリガニを釣る。
溝あるある言います→土嚢の上にウシガエルがいると一瞬区別がつかない。ご清聴ありがとうございました。
九州のとんぼってデカくない? 気のせい? オニヤンマを捕まえたことが人生で一度だけあるぜ、わたしは。あれは地元ではなかったけど。
近所のスーパーをうろつく。値段が著しく違うということはないが、明らかに違うのが生鮮食品や惣菜の量だ。時間帯もあるだろうが、そもそも陳列の段階で都会のスーパーほどミチミチに並べようという気がなさそうで、そりゃそうだよなあと思った。こういうのはいかにも帰省っぽい見方だなあ、と思う。
そのスーパーの裏手には運がよければ猫がいるはず……ときっしょいぬるい風を叩きつけてくる室外機のそばを通り抜けると、一匹の黒猫がいた。やったね。この散歩で見つけた猫は計三匹だった。みな暑さで参っているようだった。
夜、両親とともに、同級生の両親がやっている焼鳥屋へ。するとまた別の同級生の母親や母の知人がおり、スーパー地元空間で曖昧に飲食。そこの焼き鳥はまあめちゃくちゃうまいのですが……。
その店の駐車場はやや遠いため、母親は懇意にしている美容師(そこの近所に店がある)に連絡を取り、そのひとの店の駐車場を使っていいと許可を貰っていた。車社会の人間って本当に歩かないな。歩きたくなさを地縁で解決している様には「これだな」という感じがあった。
以前そこに訪れた際は「いいお嫁さんになるわね」と言われたが、今回は「しばらく見ない間にいい女になった」と言われ、コンプリート……と思った。最高だぜ。これぞ帰省よな。
15日(土)
昼からジモティーAと遊び、夜はジモティーBと遊んだ。かつてカラオケ屋があった土地に立つ介護施設や取り壊されたホール跡地を眺めて笑う。30分50円の駐車場に金とるんか! 生意気やぞ! と文句を言う。
母校の近所をうろつき、母校の制服を見た瞬間に揃って「だっせ〜!」と言った。自分たちもそれに袖を通していたのだから、どこか情のある「だっせ〜!」だ。わたしはそういう情を本当に愛しているんだけど、こういう機微ってインターネットでは簡単に失われるというか、なかったことにされるよね。そのほかの話した内容は最悪すぎるのでインターネットに書ける代物ではない。いい時間だった。
帰宅後、母親から「(大分)市内に行ったわけじゃないの? ないのにこんなに遅かったの?」と言われた。地元の何もなさが前提にありすぎる。
そういえば「おい馬鹿にしよんのか」「お前馬鹿にしとるやろ」ってジモティーと喋ってるときにはまあまあ頻出だけど、勤め先でヤンキーだと思われてるのって言葉だけ丸めてもこういうメンタリティが滲み出てるのか? マジでお郷が知れてるじゃん。おい。わたしはみなさんのやさしさで生かされています。
16日(日)
電車に乗って別府にある「書肆ゲンシシャ」さんへ。かねてより帰省の折には行こうと思っていたのだが、実家が僻地すぎて片道2時間ほどかかる。県内なのに……当然自家用車ならもっと短いが、車社会で電車移動するとはこういうことだ。この電車を逃したときの待ち時間も2時間ほどある。素晴らしいことだ。
日田にある大山ダムに行こうかとも考えたのだけれど、こちらも実家から片道2時間ほどだった。僻地と交通網死のダブルパンチがどこに行くにも付き纏う。大山ダムには進撃の巨人の銅像が立っており、当時のクラウドファンディングにはわたしも参加した。まあ日田って別に行ったことないけど、日田くらいまでなら地元のよしみが発動する。中津や国東(くにさき)あたりになるとちょっと難しいかも。そういう微妙な感覚があります。
ちなみにこの銅像はダムの壁面を文字通り壁に見立ててエレンたちが見上げる格好になっており、意外なほどきちんとシチュエーションが成立しているなかなか素敵なものなので、機会があれば立ち寄ってみるといいかもしれない。銃フェラライナー像が立たなかったことだけが悔やまれる。
電車で出かけると告げると、父親は「今日はアッシーくんはおらんのな」と言っていた。パパかわいいね♡ 娘が90年代を生きてると思ってる? まあ趣味の面では完全にそうなんだけど……。
駅の券売機がぶっ壊れていたため駅員さんから切符を買う。改札を通るために切符を取り出そうとしたら、「もうスタンプ押してあるんでそのまま通っていいですよ」とのこと。まあそりゃさっきの今なんだから顔パスできるだろう。本当に素晴らしいよ。ここって死ぬまで自動改札化しないのかもしれないな。それこそ母親のように切符の買い方も電車の乗り方もわからないひとだって大勢いるだろうし。なんなら自動券売機こそ不要なのかもしれない。
二両編成の電車に揺られる道中、向かいに座っていたおじさんがセブンティーンアイスを食べていた。いいね、と思った。
九州って虫がデカいんだよな……。
開店まで時間があったので商店街……というか飲み屋街をぶらぶらする。女の子のいる店も多くあるような通りだ。そういった商売(が成り立つ社会)の是非はともかくとして、こういう街の雰囲気はかなり好きだ。福岡にいた頃は中洲をよく歩いていた。風俗街とミニシアターは大抵近いところにあるものなのだろうか? 福岡もそうだし、関東に来てからもそういう街はしばしばある。別府もなかなか素敵そうなミニシアターがすぐそばにあり、すこし歩くと成人映画専門らしき映画館もあった。最高だな、と思った。ピンク映画って今も新たに撮られているんだろうか? 日活ロマンポルノ・ナウは昨年あったけど。
何か胃に入れておかねばな、と入った喫茶店がかなり国際色豊かで、注文時に若葉マークの店員さんが「English OK?」と尋ねてきた。わたしは然程English OKではないが、こういう店があるのは素敵なことだな、と思う。というか見える範囲にいるホールの店員は全員海外ルーツのひとっぽかった。頼んでいないナポリタンが届いてビビったが、そういやさっき別のテーブルのひとがナポリタン頼んでたな……と思い出しそちらに案内し解決。喫茶店なんかぜんぶこんくらいアバウトでいい。どうしようもなくなったらAppleとGoogleがなんとかしてくれるだろう。コーヒーと一緒にルマンドもついてきたし、いい店だ。
書肆ゲンシシャ/幻視者の集い | 書肆ゲンシシャは別府に位置する古本屋・出版社・カルチャーセンターです。
http://www.genshisha.jp
書肆ゲンシシャさんは素晴らしかった。システムについてはサイトを確認してください。今回わたしは「差別」と「奇習」にした。まだまだ読みたいものがあるし、またいつか来たい。いつになるかはわかりませんが……。近所に住んでいたら毎週通ってコンプリートしただろう。ウウッ……近所に欲しい……コンプリートさせてくれ……まだまだ読みたいテーマがたくさんある! せめて実家がもっと近ければな……今回は滞在時間より移動時間のほうが長いし、書肆ゲンシシャさんに払ったお金よりJR九州に払ったお金のほうが多い。この歳になるとそういうのもぜんぜんいいけどさ……。
戻りしな、海外からの観光客っぽい?パパと息子がいて、息子さんのほうが駅員さんの帽子をかぶせてもらって駅員さんとニコニコのツーショを撮っていた。平和すぎ。もちろん駅員さんの業務を考えれば「サービス」そのものだろうけど、まあ都会に比べれば暇もあるだろうし、こういう細かい思い出って地方旅行のほうが作りやすいだろうな。土地にも人間にもゆとりがあるというか。いい印象を持って帰りやすいというか。こういう比較ってあんまりよくないけど、打率の話として。
もちろんフツーにこのへんに住んでる鉄オタ親子かもしれないけど(だとしてもいい光景だ)。すべての土地のすべてのこどもがすくすく育ってほしい。
駅から実家に戻る折、だだっ広い草茫々の空き地を見て、そういえばここにはかつてヤギがいたのだったと思い出した。説明のしようもないのだが、わたしが幼い頃、なぜかここに数匹のヤギがいた。誰がなんのためにここで飼っていたのかは一切知らないが、近所の子らと遊びに行き、そこらへんの草をやっていた。そんなことをしてよかったのかはわからない。何この思い出。どんな田舎? 近所に謎のヤギがいることあるか? なんでヤギがいたんだろう……。
実家に戻り祖母的なひと(血縁/戸籍上の関係は一切ないが、何故か祖母のポジションに完全に収まっているひと)の家へ。しばし談笑。そこから実家への車中が最悪だったがここでは割愛する。生きた彼女とまた会うことがあるのかはわからない。難しいものだな。
17日(月)
前夜はあまり眠れなかった。飛行機に乗る前日は大抵あまり眠れない。飛行機が下手なので常に不安があるんだろうな。まあ大分空港のスケール感でビビることなんもないだろうけど。
大分空港が遠いため早朝に家を出る。地元駅でお別れ。ああそうそう、この「感じ」だよな……と思い出す。こういう場面での心の動きを追うとインターネットには書けないことばかりなので割愛。1日に3本も(も)出ているバスに乗る。
そのままつつがなく成田に到着。なんかうまい肉でも食べようかな。それじゃ、これはここで終わりです。さよなら。
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