沈黙と言い淀み

最終更新 2024/11/14


詰まる喉、震えるくちびる、懺悔と告白

 

「……ごめんね。墓地では友人を作らない主義なんだ」
「そういうひとは大抵、どこでだって友人を作ったりしないわ」
わたしがそう言うと、彼は微笑を残して踵を返した。そういえば、彼は花も持たずにここに来ていたのだった。

 *

「だってあなた、一度だってエリーズの話をしなかったじゃない。あんなに素敵な女性だったのに。わたしとあなたを結びつけた女性だったのに! わたしはあの子の話がしたかったわ。わたしの人生はあの子なくして語りようのないものよ。あなたの人生だって! あなたがわたしを愛していることは知っているわ。でもいちばんにしないで。いちばんは、エリーズのままにしておいて……どうか……」

 *

彼はきっとそこにいるはずなのに、わたしは怖くて仕方がなかった。自分がどれほど彼を愛していたのか、ふいにわかってしまったのだ。わたしはただ黙って震えることしかできなかった。振り返って手を伸ばせばよいことはわかっていた。背後に愛という名の孤独が、絶望が……夢が、慰めが、いることはわかっていた。そこにはこの世のすべてがあった。すくなくとも振り返るまでは……。

 *

あなたがいればほかにはなんにもいらないの。だけどあなたはそんなことないのよね。それはちょっぴり、ううん、ほんとのことを言うととてもさみしいけど、わたしが好きなのはそんなあなたなの。あなたがわたしのことを大好きなのはちゃんとわかってるわ。あのときあなたが起きてたことも。

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「あなたっていつもそう。自分で自分を勝手に罰するのがだいすきよね。わたしは傷ついても怒ってもいないのに、わたしがどんなにあなたを許したってなんの意味もない。それってすごくさみしいことよ。……さみしいわ」
彼女はそこで物わかりよく待つ女になることをしなかった。そんな態度を取っていたら、ぼくが痛く生ぬるく心地よい自罰の泥に埋もれてゆくのがわかっていたのだろう。それを腹立たしく思いながらも、彼女の存在は決して手放してはならない僥倖だとわかっていた。たまらなく不愉快で、たぶん幸福だった。

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海岸の淵に佇む隣人は微笑ひとつでぼくを誘う

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許せよと不遜なことを言いながら地獄へ向かうきみに祝福

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許すなと甘い吐息に混ぜながら罰を望んだきみに海容

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「たしかにきみは……ぼくが最も焦がれ欲したものではない。だが……こんなことを言わせてどうしようっていうんだ。こんなことを言いたくないと思うくらいにはきみのことが大事なんだよ、こっちは……なんなんだきみは。何がしたい?」
「あなたの歴史と躊躇が見たくて。今はきみがいちばんだ、なんて言われていたら家出するところだったわ」
彼女のそういうところに自分は救われてきた。しかし、もし今よりずっと彼女のことを……そう、愛してしまったとしたら? そんな懸念が生まれたこと自体、考えられないことだった。ここが行き止まりでも構わないのに、遠くに何かが見える気がした。

 *

「じゃあ、わたしがあなたのすべての女になります。花嫁に、妻に、恋人に、情婦に……だから忙しくってほかの男性と親しくなる機会なんてないの。ねえ、それでどうかしら?」

 *

「最初にきみをきっと好きになれると思ったとき、ぼくはあんなに幸福だった。しかし今はどうだ。恋がこんなに苦しいなんて知らなかったんだ! きみに誓ったいくつかの誠意をだめにしてしまいそうなほど、ぼくは愚かになってしまった。こんな……恋が、こんなにも……」

 *

「坊やまさか、愛が女の言葉だから言えないなんて考えていないだろうね? あんたの母さんは愛の言葉を惜しむひとじゃなかった。でもね、あんたの嫌いなあんたの父さんだって、本当は母さんと同じだけあんたを抱きしめて、同じだけ愛してるって言わなきゃならなかったんだ。あんたが父親を憎んでいることなんかあたしだって知ってる。……ねえ坊や、あんたそれでも躊躇うのかい? 男なんか多少情けないくらいで丁度だと思うがね」

 *

「ぼくが今どんなにか恐ろしい思いをしているか、きみは永遠に理解できないだろう……ぼくはきみを害するくらいなら自分が死んだほうが余程いいとさえ思っているんだ。いっそ殺してくれとさえ。きみと関わるのはいつだって怖い! ……なのに、今、こうしている……。愛してしまったらもうだめなんだ。愛は絶望という名の鏡の向こうにある……そこに映る己が醜悪さに吐き気を催しながら、目を逸らすことはできない。鏡の向こうにきみがいるのなら……」

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