海と鳥

最終更新 2024/11/14


故郷、旅立ち、そして世界と出会う

 

あの日あたたかな泥にまみれて作った城のこと、そしてあのあと三日続いた雨のことを覚えているかい? あるいはあの散歩しかできないような山の中で大冒険をしたことを。あの城が永遠に消え去ったように、あの山だってもうどこにもないんだ。たしかにそこにあるのに、もうどこにもないんだ。卵が割れたら、ミルクがこぼれたら、布巾を取り出して拭くだろう。あるいはママを呼んだかもしれない。だが城も山も、ぼくらは何もしていないのに、もうないんだ。いつの間にか。知らぬうちに。

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暮れ泥む赤い夕陽に染まらない鴉は帰る わたしは赤い

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「わたしと一緒に旅に出ましょうよ。あなたがこの地を嫌うなら、故郷探しの旅がいいわ」少女は笑った。「わたしいいところを知っているのよ。わたしの故郷もそこ。わたしはそこで生まれ直したの。そこが気に入らなければまた探せばいいわ。気ままにね」

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きみからは懐かしいにおいがするよ。潮っぽい世界のにおい。ぼくたちの来たるべき運命のにおい。

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虹の惑星を探すには、まず彼女の恋人を見つける必要がある。彼女の恋人は箒星。箒星の向かう先に彼女がいる。虹の惑星はいつだって、旅好きの彗星を健気に待っているのさ。だから旅人はみな、彼女を見つけては祈っているんだ。

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よみがえれ! 共に呪文を唱えよう きみはとっくに知ってるはずさ

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「きみ、そのランドセルには何が入っているんだい」
「ぼくの無限さ。だから、開けてはだめだよ。隙間からそっと中を覗くだけにしておいてくれ。無限は、針一本突き刺すだけで、たちまち砕けて失われてしまうから……」
「そんなの承知さ。……ぼくだって、昔はランドセルを背負っていたのだから」

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世界は彼女であふれていた。空は光。雲は光。雨は光。地は光。花は光。木は光。窓は光。猫は光。道は光。砂は光。海は光。水平線は、光。彼女が去った世界で、しかしすべてが彼女だった。わたしはどうしようもなくひとりで、けれど孤独ではなかった。世界は未練でできている。あるいは……あるいは……。何かきらめく言葉を続けたかったが、舌がひりついて出てこなかった。胸で暴れる心臓さえ光り輝き、一拍ごとに全身の血管を刺しているのかもしれなかった。光は刃物にも布団にも似ていた。

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